スクランプ連盟

趣味の旅行、映画、パートナーと二人三脚のうつ病ライフについてゆるーく書いてます。

はかまいり。

毎年12月には墓参りに行くようにしています。私を13歳まで育ててくれたひとは急の病で12月の寒い夜に誰に看取られる事もなく亡くなりました。知らせを受けて駆けつけた時はすでに検死が済んだあとでした。ひとが集まり出し通夜や葬儀が滞りなく進んでいっても、そのひとを亡くした事実はどうにも実感にならず、あとで伝え聞いた様々な事から故人がどれだけ私を誇らしく思ってくれていたかを知らされて、ようやく涙が出ました。
寂しがりだったそのひとの為に、今年も1年分の報告をしに子供の頃暮らしていたまちに行きました。ひとつもいい思い出のない土地ですが、今は面影もないほど開発が進んでいるのが救いと言えば救いです。当時暮らしていた家ももうありません。
生き物は微細な電気信号の受け渡しで生きています。この流れは一方通行で、かつ1度止まってしまうと再び動き出す事はありません。命はとてもささやかで頼りなくて、取り返しのつかないものです。だから大切なものだと感じます。私に子守歌を歌ってくれた声はもう戻る事はありません。命が科学で説明出来るものなら、魂はどこに行くんでしょう。天国とやらに行ってしまってここにはもういないのかもしれません。それでも毎年冷たい石の前に手を合わせに来るのは、故人の為以上に残された自分の為かもしれないな、と思います。
線香の煙が半分くらい空に上るのを見届けて、今年ももうすぐ終わるんだ、と思いました。